本家☆にょじやまラーメン(音楽味)

ビートルズを中心に、音楽素人のディスクレビューです。

『A Hard Day's Night』その1

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ビートルズの3枚目のアルバムにして、全曲が彼らのオリジナルで占められた初のアルバム、かつ全曲レノン&マッカートニー作で占められた唯一のアルバムでもあります。このアルバムの楽曲構成がそのようになったのは、今作が彼らの初主演映画のサウンドトラックアルバムであったが故の意図的なものだと感じております。別の言い方をすれば、アメリカ制覇に向けて勝負をかけたのではないかと言うことです。今回、このアルバムのレビューを書くにあたり、今まで気にもしていなかった映画制作までの経緯を調べたら、色々と興味深いことがありました。ひょっとしたら、ファンであれば周知の事実ばかりかもしれませんが、そこは生暖かい目で見ていただければと思います(笑)。

 この映画の配給元はユナイテッド・アーティスツアメリカの映画会社です。この映画会社が、1963年にイギリスで大人気だったビートルズに目を付け主演映画を企画しました。人気が落ちないうちに映画を制作し、サントラ盤で儲けることを画策、映画プロデューサーのウォルター・シェンソンに制作を依頼したと言われています。1963年のビートルズと言えば、「Please Please Me」のヒットを皮切りにイギリスでは社会現象になるほどの人気をほこっていましたが、アメリカではヴィージェイ・レコードからひっそりシングルを出したものの無名の存在でした。いくらイギリスでの人気が凄まじかったと言え、その人気はまだ1年と続いておらず、しかもアメリカではまだ無名のバンドの映画製作を企画するあたり、ユナイテッド・アーティスツは商売人として先見の明があったと言うべきか、ギャンブラーにも程がある言うべきなのか(苦笑)。当時のビートルズの状況を考えると、イギリスでの人気がいつまで続くか分からないし、この先アメリカで人気が出るのか分かりません。普通の経営者の感覚だったらこの企画を持ってこられても、なかなか首を縦に振らないと思うのです。このリスキーな映画を制作することについて、どうやって経営陣を口説き落としたのか非常に興味があります。この映画が当たった時に得られる利益と、大コケするかもしれないリスクを天秤にかけ、当時カラー映画が普及していたにもかかわらず、モノクロで撮影し低予算で制作することを条件に承認したのではないでしょうか。

先見の明があったと言えば、映画プロデューサーのウォルター・シェンソンは制作を引き受けるにあたり、15年後に映画の版権は彼のものとなる旨の一文を契約書に含めています。ユナイテッド・アーティスツビートルズの人気を一過性のものと考えていたため、先の一文が問題になることなく契約に合意しています。映画公開から15年後、晴れて版権を手に入れたウォルター・シェンソンは、1982年にビートルズのデビュー20周年記念として『A Hard Day's Night』と『Help!』を再発売し、巨額の富を手に入れてます。ウォルター・シェンソンはこの映画の監督を、1950年代にアメリカからイギリスに移住していたリチャード・レスターに依頼します。短編のコメディ作品ばかり手掛けていたリチャード・レスターにとって、初の長編映画の監督作品であり、高いモチベーションで臨んだことだと思います。レスターはこの映画で監督としての評価を上げ、翌年発表した「ナック」はカンヌ映画祭でグランプリを獲得しています。そして脚本はリバプール出身のアラン・オーウェンが手掛けることになりました。

ビートルズがこの映画の出演契約を結んだのは1963年10月29日と言われています。ビートルズアメリカでのレコード発売元であるキャピトルレコードより前に、同じくアメリカの映画会社ユナイテッド・アーティスツビートルズと契約を結んだのは驚きです。前述の通り、ユナイテッド・アーティスツビートルズの人気を一過性のものと考えていたから、契約を急いだのかもしれません。一方、ビートルズ(と言うか、ブライアン・エプスタイン)にとっても、アメリカの映画会社からのオファーは魅力的だったのではないでしょうか。映画出演がアメリカ進出のきっかけになると考えたであろうことは、容易に想像がつきます。ビートルズのメンバーは映画の主役を務めると同時に、映画挿入曲の演奏も手掛けることになります。ミュージシャンが自身の主演映画の挿入曲として、誰かのカバーを演奏することは選択肢としてあり得ないでしょう。アルバム『A Hard Day's Night』が全曲彼らのオリジナル曲で占められたのは必然的と言えます。

こうして、各人各様の思惑を持って映画『A Hard Day's Night』が制作されることになりました。この映画のサントラ盤(アルバム『A Hard Day's Night』のことです)は、契約によりアメリカではユナイテッド・アーティスツが販売権を持っており、キャピトル・レコードは販売することができませんでした。ユナイテッド・アーティスツ版の『A Hard Day's Night』は、映画に挿入されたジョージ・マーティンのスコアによるオーケストラ演奏が収録されるなど、イギリス本国のオリジナル版『A Hard Day's Night』とは構成が異なります。しかも、ユナイテッド・アーティスツ版はオリジナル版より先行して発売され、ビルボードのアルバムチャートで14週連続1位、アメリカだけで400万枚以上のセールスを記録します。ユナイテッド・アーティスツは当初の目論見通り、と言うかそれ以上の大儲けだったと思います。

このアルバム・レビュー、次回に続きます。