本家☆にょじやまラーメン(音楽味)

ビートルズを中心に、音楽素人のディスクレビューです。

If I Fell

映画の中では、テレビ局のスタッフに自分のドラムセットを触られ機嫌を損ねたリンゴのため、なだめるようにジョンが歌いだしてリンゴの機嫌が直る、何ともイカしたシーンに使われています。ところで、このシーンの演奏は「I Should Have Known Better」のスタジオ演奏シーンと同じく、レコードよりキーが半音低いです。その理由は「I Should Have Known Better」のところに書いたので、詳しくはそちらを見てもらうとして、このシーンではキーが下がる原因になっているテレビモニターは写っていません。「I Should Have Known Better」のところに書いた理由では説明がつかないのですが、唯一考えられるのはテレビモニターが写るシーンはあったけど、何らかの理由で最終的にカットされたのではなかろうかと...。かなり憶測で語っているので、適当に聞き流してください(笑)。

 まず不可解なコード進行の冒頭部から曲は始まるのですが、この曲について色々調べていたところ自分の無知を痛感する発見がありましたので、浅い知識で恐縮ですが紹介したいと思います(汗)。この冒頭部ですが、楽曲本編のキーDとは異なり、半音下のD♭がキーになります。まず最初の4小節のコード進行はE♭m→D→D♭→B♭m7となるのですが、ポイントはキーD♭のダイアトニックコードにはないDの使い方です。ジョンが感性のみでノンダイアトニックコードのDを選んだだけかもしれませんが、音楽的な裏付けを知った上で使っていた可能性もあります。一見キーD♭のダイアトニックコードに関係なさそうなDですが、D♭に対するドミナント(トニック《ダイアトニックコードの主となるコード》に進もうとするコード)のA♭7の代理コードとして使うことができます。音楽理論には五度圏という考え方があって、それを図表化した五度圏表という便利なものがあります(詳しくはググってね)。

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五度圏表上で対面関係にあるコードは「裏コード」と呼ばれ、代理コードとして使うことができます。五度圏表でDはA♭の対面に位置するので、A♭の代理コードとして使うことができるという訳です。前述の通りD♭に対するドミナントA♭7の代理コードなので、厳密にはD7であるべきなのですが、7thの音は省略してプレーンのDを代理コードとして使っています。ジョンがどれくらい意識してコードを選んでいたかは定かでありませんが、D7ではなくプレーンのDを使っていることが後々効いてきます。

続く4小節のコード進行はE♭m→D→Em→A7となるのですが、再び登場するDにさっきまでと違う役割が加わります。まず前の4小節と同じくD♭のドミナント(の代理コード)としての役割に加えて、この4小節のコード進行をDを起点に書き直すと明らかなように(D→Em→A7)、キーDのダイアトニックコードのトニックとしても機能しています。ここで使われているDには、キーD♭のドミナントとキーDのトニックの役割が重なり、ここを境にキーがD♭→Dに転調する重要なポイントとなっています。先に述べた通り、A♭7の代理コードとしてD7が使われていたら、これほどスムーズな転調にはならないでしょう。一見、不可解でセオリー無視のコード進行に見えつつ、実はセオリーに則った高度な手法を使っていたのです。

レコーディングは1964年2月27日に行われ、15テイクで終了しています。ジョンが自宅で録ったと思われるデモテイクがYouTubeにアップされていますが、それと較べるとテイクを重ねるにつれ甘ったるい要素が取り除かれていったように思われます。その辺りは、ジョージ・マーティンが色々アドバイスしていたのかもしれません。ビートルズのバラードタイプの楽曲はテンポが速いのが特徴ですが、その特徴通りこの曲もテンポは速いです。

ジョージはこの曲でもリッケンバッカー360/12を演奏しています。ミュート気味に低音弦を中心に演奏しており、12弦ギター特有の立体的なサウンドになっています。普通のアルペジオなのに、そうとは思えないリッチなサウンドになっています。ジョンはこんな曲でもJ-160Eを結構強めに鳴らしてますが、音が鳴らないことに定評のあるJ-160Eはこのように演奏するしかないのでしょう。前2曲と同様に”キン!キン!”と金属音も聴こえます。リンゴはリムショットハイハット・クローズドの組み合わせで、静かにリズムキープに徹しています。しかしライブ演奏では、シンバル鳴らしながらスネアを叩くいつものスタイルなのには驚きます。そうでもしないと、観客の悲鳴にかき消されてメンバーに聴こえなかったからかもしれませんが。ポールについては「ポールのベース、ジョンの曲では大人しい説」通りの演奏ですが、自身のヴォーカルの負担を考慮してのことかもしれません。基本的にルート音のみ鳴らしていますが、AメロのF#m→Emとコードが遷移するところで経過音としてFを挟む細かい気配りがイイ感じです。

この曲の最大の聴きどころは、ジョンとポールの2人のハーモニーです。レコーディングでは2人の希望で一本のマイクに2人が向き合ったそうで、新型コロナウイルスが流行している今ではありえないことですね(苦笑)。ライブ演奏でも同様のスタイルがとられています。楽曲の導入部分はジョンのソロ・ヴォーカルのみで、2人がハモるのは楽曲本編にはいってから。ポールのパートは元々デモテイクでジョンが歌っていたもので、メインのメロディはこっちの方だと思います。ジョンが歌うには少々音域が高いのですが、ポールは余裕で歌ってるように聞こえますね。高い声が出るポールがビートルズにいてくれたおかげで、コーラスやハーモニーの様々なアイデアを具現化できたと思いますが、その有難みを感じることができる典型的な曲ではないでしょうか。ジョンのパートは、ポールのパートの3度下ではハモらないいつものスタイルです。厳密に言えば3度でハモる部分もありますが、突かず離れずの具合が絶妙で、メインのメロディではありませんが、ジョンのヴォーカリストとしての力量を堪能できるパートだと言えます。

この曲は「自分の葬式で流して欲しい曲メドレー」にエントリーしており(笑)、ビートルズの全楽曲の中でも特にお気に入りの曲です。今まで目にしてきたビートルズ関連の読み物で軒並み扱いが低く、世間の評価は不当に低いのではと思っていましたが、それが誤解であることはYouTubeにアップされた数多くのカバーが証明してくれてると思います。

 

デモ

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