本家☆にょじやまラーメン(音楽味)

ビートルズを中心に、音楽素人のディスクレビューです。

『Beatles For Sale』

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名盤揃いのビートルズのアルバムの中にあっては地味な印象は拭えませんが、アルバム『A Hard Day's Night』で完成した初期ビートルズサウンドから新たな一歩を踏み出した、ビートルズ史において重要な作品であることは疑いの余地はありません。シングル曲が収録されていないことと、全曲オリジナルでない点がこのアルバムの印象を悪くしている気がします。とは言え、アルバム『A Hard Day's Night』から半年の間に、シングル合わせて10曲もオリジナルを作った彼らに対し、我々はリスペクトが圧倒的に不足しているのではないでしょうか(苦笑)。

アルバム『A Hard Day's Night』の発売から約1か月後、1964年8月14日に始まったレコーディングは、間にアメリカツアーを挟みながら11月4日まで断続的に行われました。8月14日のセッションで「Mr.Moonlight」と「Leave My Kitten Alone」をレコーディングしていることから、最初っからカバー曲の収録ありきでアルバムが構想されていたことが窺われます。リンゴの発言によると、オリジナル曲のみEMIスタジオでリハーサルをしたものの、カバー曲は一切リハーサルをしなかったようです。カバー曲はデビュー前に散々演奏してきたからって理由ですが、オリジナル曲を仕上げるのに精一杯で、カバー曲をリハする時間的余裕が無かったのではとも思います。

このレコーディング期間に録音された10曲のオリジナル曲ですが、アルバム『A Hard Day's Night』までの曲と比較すると楽曲のテイストが渋くなったなぁって印象を受けます。ビートルズが商業的に大成功した要因の1つに、モータウンに代表されるアメリカのガールズ・ポップに彼らの楽曲が強く影響を受けていることだと考えていますが、そのガールズ・ポップ要素がこれまでより控えめになりました。それを渋いと感じるのかもしれません。意図的にコントロールしたと言うより、彼らの音楽的嗜好性が徐々に変化したことが作風に表れたような気がします。10曲のオリジナル曲は全てレノン&マッカートニーによる作品です。ジョンとポールそれぞれ単独で作ったと思われる曲、2人で協力して作った曲が混在し、ジョンとポールのパワーバランスに大きな変化は見られません。ジョン主導で作ったと思われる「I Feel Fine」「No Reply」「I'm A Loser」「I Don't Want To Spoil The Party」は軒並み楽曲のクオリティは高く、あんなに頑張ったアルバム『A Hard Day's Night』の後にこれだけの曲を用意してきた事に驚きしかありません。過去の作品の出涸らしのような楽曲は一切なく、今までのスタイルから突き抜けた曲ばかりで、彼の創造力に陰りは一切感じられません。一方ポールの方も、自身のスタイルを模索しつつ薄っすら光が見えてきたようで、「What You're Doing」あたりに顕著に表れています。

このアルバムに収録されたカバー曲について、そのオリジナルを挙げていくと、チャック・ベリー(Rock And Roll Music)、リトル・リチャード(Kansas City / Hey-Hey-Hey-Hey!)、バディ・ホリー(Words Of Love)、カール・パーキンスHoney Don't、Everybody's Trying to Be My Baby)てな感じで、メンバー4人のアイドルの楽曲が選ばれており、マニアックな選曲に定評のある彼らにしては捻りがありません(笑)。そんな中にあって「Mr.Moonlight」が選ばれたのは異質な感じがします。「Mr.Moonlight」はレコーディング日を変えてリメイクしているので、それなりにレコーディングに苦労しているのですが、それ以外のカバー曲は少ないテイク数でレコーディングは完了しています。メンバー4人のアイドルの楽曲を選んだのは、単に好きだからって理由もあるのでしょうが、演奏し慣れていたので少ないテイク数でOKを出せそうって目論見もあったのではと思います。それだけ切羽詰まった状況だったと言えそうです。

このアルバムから、ジョージはグレッチ社のテネシアンをメインのギターとして使用しています。このギターは1963年のクリスマス・ツアーの最中に入手し、当時のTVショーの演奏時には目撃されていますが、レコーディングで使われたのは今作からです。入手してから半年以上も熟成されていた訳ですが、ジョージなりに考えがあってのことなのかもしれません。これまでジョージが使ってきた、同じグレッチ社のデュオ・ジェットやカントリージェントルマンと同様に中空のボディですが、深みにかけるものの硬くてカラっとしたサウンドがこのギターの特徴かなと思います。チェット・アトキンス影響下のギター奏法との相性が抜群で、「I'm A Loser」「Honey Don't」「I Don't Want To Spoil The Party」「Everybody's Trying To Be My Baby」辺りはテネシアンならではの名演と言えると思います。前作『A Hard Day's Night』でのリッケンバッカー365/12と同じように、ジョージが使用するギターがアルバムの印象を決定づける重要な要素となっており、その傾向はこの後も続きます。しかしながら、ジョージが当然のようにリードギターを弾くことができたのは、このアルバムが最後となります。

「I Want To Hold Your Hand」から4トラックのレコーダーを導入して、オーバーダビングの自由度が増した訳ですが、ベーシックトラックでベースを弾いていても、オーバーダビングでギターを弾けることにポールが気づいちゃったんですよね。「Ticket To Ride」のリードギターを皮切りに、レコーディングでポールがギターを弾く機会が増え、それに伴いジョンとジョージもギター以外の楽器を演奏するようになって、アルバム『Sgt.Pepper~』の頃には誰が何を演奏しているのか分からん状態になります。デビュー前から慣れ親しんだ楽器編成のままでレコーディングが行われたのは今作が最後で、ビートルズのバンド活動において区切りとなった作品と言えるかもしれません。