本家☆にょじやまラーメン(音楽味)

ビートルズを中心に、音楽素人のディスクレビューです。

Tommorow Never Knows

ビートルズのアルバム用のレコーディング・セッションでは、ジョンの曲から取り掛かるのが慣例でした。この『Revolver』でも慣例通りジョン作の「Tomorrow Never Knows」のレコーディングからスタートし、アルバム『Revolver』という作品を象徴するようなレコーディング・セッションとなりました。最初のレコーディング日となった1966年4月6日は、アルバム『Revolver』のレコーディング開始日であると同時に、ビートルズのレコーディング史においても記念すべき日となりました。前作『Rubber Soul』のレコーディングを最後にチームから離れたノーマン・スミスに代わり、当時弱冠20歳であったジェフ・エメリックがメイン・エンジニアに就任した日でした。

1966年4月1日、ポールに連れ出されたジョンが「インディカ(ギャラリー兼ブックショップ)」に訪れた際、ティモシー・リアリーらの共著「チベット死者の書サイケデリック・バージョン」を購入します。チベット仏教徒の経典である「チベット死者の書」を引用して、薬物を用いたサイケデリック体験を論じているそうで、当時のジョンが興味を持ちそうな内容ではありますよね。この本に触発されて生まれた曲が「Tomorrow Never Knows」で、本に出会ってわずか5日後から始まったレコーディング・セッションで真っ先に着手しました。ポールがこの曲を初めて聞かされた時、Cコードだけで弾き語るジョンに衝撃を受けたそうです。ちなみにティモシー・リアリーは、「Give Peace A Chance」や「Come Together」の制作にも関わっている人物です。

音程の変化なく長く続く音(ドローン)を用いて、何千人もの僧侶がお経を唱えているのが聞こえると、ジョンはジョージ・マーティンに完成形のイメージを伝えたそうです。『Revolver』スペシャルエディションに収録されたテイク1は、このイメージ通りのサウンドになっていると思うのですが、結局これはボツになっています。サウンド的にはジョンのイメージに近くても、楽曲的には単調で一曲通して聴くのは少々退屈かもしれません。とは言え、誰も聞いたことのないサウンドを、レコーディング初日でこれ程の完成度で作り上げていることには驚くしかありません。

この曲が「これまでやってきたこととは全然違う」というジョンの言葉をうけ、ジェフ・エメリックはEMIの標準的なレコーディング手順を逸脱したアイデアを思いつきます。リンゴのドラムに当たりそうなくらいマイクを近づけ、映画『Help!』のプロモーション用に作られたセーターをバスドラムに詰め込みました。この時のアイデアはレコーディングの常識となり、それは今も受け継がれています。硬質なサウンドになったリンゴのドラムは、これまでのビートルズの楽曲では聞いたことないようなフレーズを延々と繰り返します。ジョンのヴォーカルやサウンドエフェクトやら聞きどころ満載ですが、楽曲を牽引するリード楽器はリンゴのドラムで間違いないでしょう。ポールのベースはひたすらCの音だけを鳴らしており、初心者でも弾けるフレーズでありますが、楽曲のコンセプトを汲んだ意図のあるプレーです。エンディングで聞こえるピアノは、この曲の初期テイクで試験的にポールが演奏した断片で、ポールの発案でエンディングに挿入したそうです。

レコーディング初日の4月6日にベーシックトラックを完成させ(ベストはテイク3)、翌日のレコーディングに各自テープループを作ってくることを宿題として課せられます。翌日にポール、ジョージ、リンゴが持ち込んだテープループは40~50本に及び、その中から5本が選ばれました。このテープループをマスターテープに取り込むのがひと苦労で、他のスタジオからテープレコーダー5台を借りて何とか実現しました。調達できたテープレコーダーの数に合わせて、テープループの本数が決まったような気がします。テープループをセットしたレコーダー5台を同時に再生し、ジョージ・マーティンがパンニング、ジェフ・エメリックがメーターの確認、メンバー4人がフェーダーの上げ下げを担当し、完全な即興でテープループをオーバーダビングしました。5本のテープループは単体で再生されたり、複数が同時に再生されたりして、誰も聞いたことがないようなサウンド・エフェクトが完成しました。そこから少し日があいて、4月22日のレコーディングでジョージがタンプーラ(楽曲中、音程の変化なく延々と鳴り続けるインド楽器)をオーバーダビングしています。間奏の逆回転のギターソロについて、いつレコーディングしたのか確かな情報を目にしたことがありません。初めてテープの逆回転を導入したのが「Rain」という逸話通りであれば、「Tomorrow Never Knows」のギターソロのレコーディングはそれより後になります。と言うことで、タンブーラをオーバーダビングした4月22日に、逆回転のギターソロもオーバーダビングしたのではないでしょうか。苦労してレコーディングしたはずなのに、その手のエピソードを全く目にしないのは不思議な感じがします。

ダライ・ラマがお経を唱えているような声」をイメージしたジョンのアイデアを実現すべく、スタジオ内のハモンドオルガンが接続されているレスリーというシステムに通してヴォーカルを録音することを、ジェフ・エメリックがジョンに提案します。レスリーを通したジョンの声にメンバー全員が驚愕し、それ以降は何でもレスリーに通したがったそうです。レスリーを通した自分の声を聞いて刺激を受けたジョンは、自らを天井から吊るしてヴォーカルを録ることを提案しますが、結局これは実現しなかったそうです。実現したところで強力な三半規管の持ち主でないと、目が回って歌うことなんかできないと思いますが(苦笑)。また、2回OKを出さなきゃいけないダブルトラックのヴォーカルの面倒臭さがったジョンのために、EMIスタジオのエンジニアであるケン・タウンゼントが考案したADTという機能が導入され、『リボルバー』のレコ―ディング全体様々な効果をもたらせました。この曲のジョンのヴォーカルは冒頭の3節がADTで処理され、間奏以降はレスリースピーカーに通しています。余談ですが、レスリースピーカーの「レスリー」とは、開発者のドナルト・レスリーにちなんだものだそうです。

この曲のモノラル・ミックスは4月27日と5月16日に作成され、5月16日に作成された「ミックス11」がベストと判断されました。ところが、マスターテープがカッティングルームに運ばれた7月11日、4月27日に作成した「ミックス8」こそがベストだとジョージ・マーティンがちゃぶ台をひっくり返しました。しかしながらレコードの生産は既に始まっており、結局初回プレス分の『Revolver』は「ミックス11」の「Tomorrow Never Knows」が収録されています(それ以降は「ミックス8」)。なお、ステレオ・ミックスは『Revolver』のレコーディングの最終日、6月22日に作成したものです。「ミックス8」の逆回転のギターソロはADT処理されていますが、ステレオミックスにはADT処理されていません。

ボツになったTake1の方が恐らくジョンのイメージしたサウンドに近く、色んなアイデアがぶち込まれたリリース・バージョンは、ジョンにとっては不本意であったような気がします。とは言え、たったの1コードをかき鳴らしながら抑揚に乏しいメロデイを歌うジョンに対して、「こんなの変だよ」と既成の枠に当てはめて全否定しなかった、メンバーおよびレコーディング・スタッフの寛容さには驚かされます。まぁレコーディング・スタッフにとってビートルズはお客様なので、拒否権はなかったんでしょうが(笑)。ただ、ジョンだけでなくメンバーやスタッフが色んなアイデアを出し合っており、レコーディングに関わった全ての人が同じベクトルで楽曲を作り上げたことに感動すら覚えます。ジェフ・エメリックにとってチーフ・エンジニアとして初めての仕事となったこの曲が、過去のビートルズの延長線上の曲であったら、前任のノーマン・スミスとの比較で苦労していたかもしれません。こんな創造的な曲だったからこそ、彼のアイデアもすんなり受け入れられて、メンバーの信頼を勝ち取ることができたのだと思います。『Revolver』のレコーディング・セッションの最初にこの曲に取り掛かったことで、このレコーディング・セッションの空気感が醸成され、これまでのレコーディングの慣習に捉われない革新的なセッションが繰り広げられることになったのだと思います。