アルバム『Revolver』のレコーディング・セッションでは、「Tomorrow Never Knows」の次に取りくんだ曲です。ビートルズのメンバーはソウル・ミュージックの熱心なリスナーで、当初このアルバムはスタックス・スタジオでのレコーディングが計画されていたほどです。ジョンはこの曲についてタムラ・モータウンを引き合いに出しているので、「スタックス違うんかい」と突っ込みたくなりますが(笑)、いずれにしてもソウルミュージックの強い影響を感じる曲です。洗練されたソウルミュージックの趣きなので、ゴリゴリのソウルのスタックスを引き合いに出さなかったのかもしれません(あくまで個人的見解です(笑))。『Anthology』収録のこの曲の初期バージョンを聴いた時は、ビートルズ史上かつてないほどの黒っぽさに度肝を抜かれました。
この初期バージョンの時点で楽曲の構成はほぼ完成していましたが、意外とレコーディングは難航します。この曲に着手したのは、1966年4月7日。この日のベスト、5テイク目が『Anthology』に収録されたものです。この時点では楽器演奏は極めてシンプルで(アコースティック・ギター、オルガン、ドラムのみ)、3人のヴォーカルとコーラスを前面に打ち出した、もろソウル・ミュージックな仕上がりでした。翌4月8日にもレコーディングが行われ、前日のヴォーカル中心のサウンドから打って変わって、ファズ系のギターがサウンドの中心となっています。『Revolver』スペシャルエディションに収録されたテイク数のないミックスで、この時のサウンドを確認することができます。ホーンの代わりとしてファズ系のギターを使ったのでしょうが、サウンド的に物足りなさを否めず、作曲したポールとしても到底満足できなかったでしょう。それから1か月以上経った5月18日、4月8日のベスト(テイク8)にヴォーカルやホーン・セクションをダビングして楽曲が一旦完成します。
「You've Got To Hide Your Love Away」で管楽器を導入したことがありますが、ホーン・セクションをサウンドの中心として大々的に使用したのは、ビートルズのみならずロック史上初の試みなんて言われてます。招集された5人のミュージシャンのひとり、エディ・ソートンはジョンとポールとは旧知の仲でした。1966年の初旬、ポールはジェーン・アッシャーとロンドンのナイトクラブに足繁く通い、「the Bag O’Nails Club」でソートンが所属していたバンドGeorgie Fame And The Blueflamesの演奏を見ています。ちなみにこのナイトクラブは、ポールがリンダ・イーストマンと初めて出会った場所でもあります。彼らの演奏を聴いたポールは、「Got To Get You Into My Life」にホーン・セクションを導入することを思いつきました。ビートルズのレコーディングへの参加を、ポール直々ソートンに依頼しています。Georgie Fame And The Blueflamesからは、ソートンのほかピーター・コーも参加しています。レコーディング当日、楽譜の代わりにポールはピアノを弾きながら自分のアイデアを説明し、5人のミュージシャンの協力によりアレンジが完成したそうです。ホーン・セクションの録音では楽器から2メートル弱マイクを離すのが当時の常識でしたが、エンジニアのジェフ・エメリックは型破りなサウンドを求めて、ベル(管楽器の広く開いてる口)ギリギリにマイクを近づけてリミッターを効かせる方法を試みました。チャレンジの甲斐あって、ビッグ・バンドのサウンドとは別モノの、ロックとしか表現できないホーン・セクションのサウンドを得ることができました。ところが『Revolver』のレコーディングの終盤に差し掛かった頃、ホーン・セクションのサウンドをさらに分厚くすることをポールが要求します。セッション・ミュージシャンを雇う予算が残っていなかったため、ホーン・セクションのトラックを別のテープにコピーして、微妙に時間をずらして再生したものをオーバーダビングすることで解決しました。
ベーシックトラックのレコーディングでは、ポールはこれまで通りベースを演奏していたと思われます。オーバーダビングでベースを演奏する時は独創的なフレーズを披露するのに対し、主音中心の比較的シンプルな演奏に徹しています。時折り細かいフレーズやクリシェの進行を入れて変化をつけていますが、基本的には縁の下の力持ちに徹しています。とは言え、フレーズこそ控えめですがノリは凄まじく、強烈なホーン・セクションのサウンドを生みだしたのはポールのベースと言っても過言ではないでしょう。リンゴもシンプルな演奏に徹しており、スネアやタムの連打を挟みつつ、パワー控えめの軽快なドラミングです。ホーン・セクションの導入に伴い、ギターは大幅にカットされてしまいました。完成版のホーン・セクションのようなフレーズをジョージが演奏し、ジョンはリズムを刻んでいました。ジョージのパートは薄っすら残っていますが、ジョンのパートは全く消えてしまったように思います。完成版の間奏のギターは、ホーン・セクションのレコーディングと同じ5月18日と6月17日にダビングしたものです。少なくとも2本のギターが聞こえますが、演奏しているのはポールとジョージではないかと思います。
ヴォーカルは5月18日にレコーディングされました。それ以前のテイクにもガイド・ヴォーカルは入っていましたが、完成版のヴォーカルの比ではありません。このアルバムのポールは作曲能力の向上とともに、ヴォーカリストとしても凄まじい進歩を遂げていますが、中でもこの曲は出色の出来映えだと思います。キメの「Got To Get You Into My Life!」は、ポール特有の野太いシャウトでないとサマになりません。5月18日にジョンとジョージのバック・ヴォーカルを録音しているのですが、これは結局使われませんでした。不要と思えばスッパリ切れるのがビートルズの素晴らしさで、なかなか出来るものではありません。
初期バージョンとはずいぶんテイストが変わってしまいましたが、そんなことはどうでもよくなるくらいの楽曲に仕上がりました。ホーン・セクションを導入した経緯を知ると、色んなことに興味を持って外の世界を知ることは何事につけても大事だなと思います。ロック・バンドの楽曲にホーン・セクションの導入を思いついただけでなく、ロックとしか表現のしようがないサウンドを実現したことに意義があると思うのです。『Revolver』を初めて聴いたとき、この曲にはとんでもない衝撃を受けました(その次の曲で、さらに衝撃を受けるのですが)。未来から送り届けられた曲を聴いているのではないか、そんな錯覚に陥りました。それから何年も経過していますが、サウンドは全く色褪せず、今でも遥か未来から聴こえてくるエゲつない曲です。。