本家☆にょじやまラーメン(音楽味)

ビートルズを中心に、音楽素人のディスクレビューです。

『Revolver』その2

前回書いた通り、『Revolver』制作当時のビートルズを取り巻く環境が色々変わったんですけど、何よりビートルズのモチベーションがスタジオ活動に向けられたことが最も大きな変化だったと思います。『Revolver』レコーディング前の長期活動休止期間は、メンバーがイマジネーションを膨らませて曲を作り上げる絶好の機会となったことでしょう。デビュー以来アルバム制作のたびに進化を続けてきたビートルズですが、この『Revolver』制作における進化はかつてないほどの振れ幅で、ビートルズがジャンルになり始めたアルバムと言ってもいいのではないでしょうか。

まず、曲作りにおいてギターバンドのフォーマットから外れたものが登場するようになりました。弦楽四重奏をフィーチャーした「Yesterday」でさえアコースティック・ギターが使用されていたのに、今作ではギターレスの楽曲が3曲も収録されています(「Eleanore Rigby」「Good Day Sunshine」「For No One」)。これ以外にもギターこそ使われているものの、サウンドの中心とは言えない楽曲もあり(「Love You To」「I Want To Tell You」「Got To Get You Into My Life」「Tomorrow Never Knows」)、ステージで演奏するモチベーションを失ったのと引き換えに、ギターに捉われない自由な曲作りやアレンジができるようになったのではないでしょうか。ギターバンドのフォーマットからの脱却は、同時にメンバーありきの楽器編成から楽曲ファーストの楽器編成が徹底されることになります。これまで「Yesterday」を除く全ての曲で、コーラスやパーカッションなど何等かの形でメンバー全員がレコーディングに参加していましたが、リンゴ不参加の「Eleanore Rigby」やジョンとジョージ不在の「For No One」など、アレンジ次第で一部のメンバーが参加しないことが普通になります。

『Rubber Soul』同様、ジョン作とポール作の曲の割合は拮抗していますが、注目すべきはジョージの作品が3曲も収録されていることです。ビートルズの全アルバムで最もジョージ作の曲の占める割合が高いだけでなく、楽曲のクオリティも目を見張るほどの進化を遂げています。インド音楽に影響を受けた「Love You To」をアルバム用に提供し、「Norwegian Wood」から飛躍的にシタールの演奏力が上がったのは、『Revolver』のレコーディング前に充分な準備期間があったからこそでしょう。この長期活動休止期間中、ポールはナイトクラブに頻繁に出かけ、メンバーで最も精力的に活動していたようです。『Revolver』のレコーディング・セッションでポールが提供した曲の多くは、当時の「ロック・バンド」の定義をひっくり返すほど多用性に富んでおり、活動休止期間中にポールのインスピレーションを刺激する数多くの出来事があったことが窺えます。そしてジョンが提供した楽曲は、ヴォーカルをハモンドオルガン用のレスリースピーカーに通したり、テープの速度を下げたり逆に回さないと、ジョンの頭の中のサウンドを再現できない奇妙なものばかりでした。

ポールの勧めでジョンとジョージがエピフォン・カジノを入手したのがこの頃で、『Revolver』のレコーディング以降ジョンはカジノをメインギターとして愛用することになります。一方ジョージはカジノをあまり使っていないようで、こちらも今作から使い始めたギブソンSGスタンダードを『Revolver』制作時のメインギターとして使っているようです。『Revolver』レコーディング中の写真には、新しいギターアンプ(ヴォックス・7120)とベースアンプ(フェンダー・ベースマン、ヴォックス・4120)が写っており、新しいアンプがギターやベースのサウンド作りに少なからず貢献していると思われます。また、アレンジの幅が広がったことで、かつてないほどゲスト・ミュージシャンによる楽器演奏(弦楽8重奏、インド楽器、フレンチ・ホルン、ホーン・セクション)が増えました。

新しい試みはまだあります。「一度だけ歌うから、あとは機械でダブル・トラッキングを作れないか?」というジョンの素朴な願いに応えるべく、機械的にダブルトラックを生成する手法、ADTが導入されたのが今作からです。考案したスタジオ・エンジニアのケン・タウンゼントによると、ポールのヴォーカル・パートのダブルトラックの作業が夜遅くまで延々と続いた時に着想したそうです。ダブルトラッキングの時間短縮は、完成するまでスタジオに拘束されるエンジニアにとっても切実な願いだったようです。ほかにもあります。これまでのレコーディングでは、録音された音源にヴォーカルや楽器を重ねるオーバーダビングの際、スタジオ内のスピーカーを鳴らしてモニタリングするのが一般的でした。当然のことながら、オーバーダビング中のマイクがスピーカーの音を拾ってしまいます。この問題を回避するため、ビートルズはスピーカーで鳴らす代わりにヘッドフォンを使うようになりました。ジェフ・エメリックの記憶によると、EMIスタジオを使うミュージシャンでは初の試みだったそうです。

レコーディング・エンジニアに対するビートルズの要求レベルが上がって、現場はさぞ大変だったことだと思います。いくら天下のビートルズの要求であっても、これまでのレコーディングの慣習に反することはやりたくないのが人情ではないでしょうか。ビートルズの奇妙なアイデアに否定的な意見もあったことでしょう。ビートルズにとってもレコーディング・エンジニアにとってもラッキーだったのが、チーフ・エンジニアがジェフ・エメリックに代わって、チャレンジしやすい空気感になったことでしょう。それと無理難題と思えるビートルズの要求であっても、完成した楽曲の素晴らしさが、エンジニア達の創造力を掻き立てたのではないでしょうか。レコーディング・エンジニア達がビートルズと同じ目標を共有できたことが、この傑作アルバムが完成した最大の要因だと思います。

高校生の頃にビートルズの素晴らしさに目覚め、買い揃えた彼らの全作品中、もっとも衝撃を受けたのがこの『Revolver』でした。「Got To Get You Into My Life」と「Tommorow Never Knows」を初めて聴いた時の興奮は、いまだに忘れることができません。