本家☆にょじやまラーメン(音楽味)

ビートルズを中心に、音楽素人のディスクレビューです。

You Won't See Me

オリジナル曲のストックを充分用意できずに始まった『Rubber Soul』のレコーディングは、最終日の時点でアルバム収録の14曲を埋めるのに3曲足りていませんでした。そんなギリギリの状況でポールが用意してきた曲が「You Won't See Me」でした。1965年11月11日の夕方6時から始まった13時間にも及ぶセッションの最初にレコーディングされました。ベーシックトラックのテイク2にオーバーダビングを重ね、約5時間かけて完成しました。ビートルズが『Rubber Soul』をレコーディングしていた頃、ポールの当時の恋人ジェーン・アッシャーは舞台公演のオファーを受けたことで、女性は家庭にいるべきと保守的な考えだったポールとの関係が悪化します。ポールが電話をかけてもジェーンは出ることさえせず、当時の2人の関係性がそのまんまこの曲の歌詞になっています。

ポールによると、ギターの高音弦2本の組み合わせでこの曲を作曲したそうで、恐らくそれはピアノの右手のフレーズの基になったのではと思います。ベーシックトラックでポールがピアノを演奏していることから分かるとおり、この曲の根幹を成す重要なパートです。ピアノの演奏だけで楽曲が成立するくらい、印象的でよくできたフレーズだと思います。ポールがオーバーダビングで演奏したベースも、ピアノと同様に重要なパートです。ポールによると、モータウン黄金期のベーシスト、ジェームズ・ジェマーソンを意識した曲作りだったようです。ジェマーソンは、シュープリームスの「You Can't Hurry Love」、テンプテーションズの「My Girl」、マーサ&ザ・ヴァンデラスの「Dancing In The Street」、スモーキー・ロビンソン&ミラクルズの「Going To A Go Go」など、思わず眩暈がしそうな超有名曲に参加しています。これらの名曲に影響を受けたメロディアスなフレーズを、リッケンバッカー独特の硬くて締まりのあるサウンドで演奏しています。レコーディング最終日に持ち込んだ曲ということで、フレーズを作りこむ時間がなかったのかアドリブっぽい演奏ですが、モータウンっぽさを感じることができます。

リンゴのドラムはかつてないほどオカズが多く、しかも繰り返しがありません。間違いなく、作曲者のポールからフレーズの指示があったと思われます。作曲者のポールは楽曲の仕上がりをイメージできていたでしょうが、リンゴにとっては聞いたばかりの曲なのに、あれこれ指示されて大変だったと思います。考えようによっては、細かくフレーズを指示された方が楽なのかもしれませんが。いずれにしても、ポールの要求どおりに演奏したリンゴは大したもんだと思います。リンゴはハイハットをオーバーダビングしているのですが、多分これもポールのアイデアなんでしょう。ジョージはストラトキャスターで2拍4拍のカッティング、ジョンはタンバリンで参加しています。最後のヴァースからエンディングにかけて、ローディーのマル・エヴァンスがオルガンで参加しています。指1本でAの音を押すだけの簡単なお仕事ですが、『Rubber Soul』のアルバム・ジャケットに「Mal 'organ' Evans」とクレジットされており、羨ましい限りです。正直なくても良い、というより邪魔にしか思えないのですが、ポールのこだわりなんでしょう。僕には理解できませんが(苦笑)。

ポールは淡々と歌っています。歌詞の内容にかかわらず淡々と歌うのがポールのスタイルなので、ポールにとって平常運転ではあります。少々投げやりっぽくも聞える淡々とした歌い方が、ジェーンと疎遠になっている喪失感をイイ感じに表現できていると思います。ダブルトラックのポールのヴォーカルは、ハモってるパートではポールが上下に別れて歌っています。"Ooh,la,la,la"のコーラスは一説によるとポールとジョージってことで、言われてみるとポールが上でジョージが下のパートのように聞えます。ジョンは全く参加してない訳ではなく、"You won't see me"と追いかけるところや、"No I wouldn't,No I wouldn't"にはジョンっぽい声が聞こえます。ビートルズのパロディやオマージュで耳にする"Ooh,la,la,la"のコーラスですが、「You Won't See Me」でしか登場しないハズです。続く「Nowhere Man」でも似たようなコーラスが登場しますが、"Ah,la,la,la"と歌ってます。今の思いつきで言ってるので、「You Won't See Me」以外にも"Ooh,la,la,la"が登場していたらお許しください(爆)。"Ooh,la,la,la"がパロデイやオマージュで引用されるのは、ビートルズのエッセンスが凝縮されているからでしょう。

赤盤・青盤でビートルズにハマった後、期待に胸弾ませて聴いた『Sgt.Peppers』は自分には理解できず、その次に聴いたのが『Rubber Soul』でした。アルバム最初の2曲「Drive My Car」と「Norwegian Wood」で脱落しそうなところ、続く「You Won't See Me」を聴いて「このアルバムのこと、多分好きになるんだろうな」とボンヤリ思うことができました。『Sgt.Peppers』に続いて撃沈しそうなところ、何とかビートルズとの縁を繋ぎとめてくれたのが「You Won't See Me」でした。この曲がなかったら、『Rubber Soul』はもちろんのこと、他のビートルズの作品の素晴らしさに気付くことはなかったかもしれません。と言うことで、一生大事にしたい曲です。