本家☆にょじやまラーメン(音楽味)

ビートルズを中心に、音楽素人のディスクレビューです。

『With The Beatles』(アルバム)

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イギリスの『メロディメーカー』誌のアルバムチャートの1位を30週連続で守り続けていた『Please Please Me』を引きずり落したのが、この『With The Beatles』でした。

 『Please Please Me』から約半年と短いインターバルで発表されました。半年ごとにアルバムをリリースするのは、ブライアン・エプスタインとジョージ・マーティンが立てた計画通りのインターバルですが、当時はこれぐらいのリリース間隔が普通だったんでしょうか。モータウン・レコードのように演者と製作者が分業されてヒット曲のオートメーション化が確立されているならともかく、作詞作曲から演奏まで全てをこなしていたビートルズはこの計画をどのように思っていたんでしょうね。

 

ビートルズに限らず、セカンド・アルバムはミュージシャン人生の分水嶺になる作品だと思います。アマチュア時代の念願であったプロデビューを果たしたことによるモチベーションの低下、デビュー前から貯めていた楽曲ストックの枯渇、お金にまつわる人間関係の微妙な変化等々、ネガティブな要素はいくらでもあります。今、自分はビートルズの歴史を知っているから、今作『With The Beatles』が前作を上回るクオリティの作品になったことを当然の事として書くことができますが、そんなに簡単な事でないのは数多くのミュージシャンの例から明らかです。ジョン・レノンポール・マッカートニーという20世紀の音楽史に残る天才2人が同じバンドにいた幸運、そしてお互いが切磋琢磨して高め合ったのに加え、ジョージ・マーティンという音楽的教養を手に入れたのが非常に大きかったかなと思います。

 

前作『Please Please Me』は1日で10曲を録音する過酷なレコーディングとなりましたが、今作のレコーディングは1963年7月18日から10月23日の期間に断続的に行われました。1日に10曲を録音するのに比べるとマシになったものの、レコーディングはライブツアーやメディア出演の合間を縫って行われ、メンバーにとって楽なものではなかったはず。新曲をつくる時間をどうやって捻出したのでしょうか。

 

全14曲、オリジナル8曲とカバー6曲という構成は前作と同じ。但し前作はシングル既発表の4曲を収録したので、アルバムレコーディング用のオリジナル曲は4曲で済みました。一方、今作はシングル発表曲を収録しなかったので、8曲全てがアルバムレコーディング用に用意された新曲となりました。オリジナルのうち7曲はレノン&マッカートニー作ですが、ジョージ初のオリジナル曲「Don't Bother Me」が収録されています。オリジナルの8曲は、彼らが慣れ親しんだブラック・ミュージックの影響から逸脱したコード進行とかアレンジも随所に見られ、ビートルズという新しいジャンルがこの頃すでに確立されようとしています。

 

カバー曲に目を移すと、前作に収録された6曲は3人のヴォーカリストのハーモニーやコーラスを打ち出そうという意図が感じられましたが、今作もその傾向は踏襲しつつも、ハーモニーやコーラスのない曲(「Till There Was You」「Roll Over Beethoven」)も収録されています。選曲の基準は想像するしかありませんが、圧倒的な商業的成功によりメンバーの発言権が強まり、ジョージ・マーティンの意向よりバンドの意見が通りやすくなった可能性はあります。特筆すべきはカバー曲の出来が軒並み良いことで、まるで彼らのオリジナルであるかのように聴こえる曲が殆どです。

 

レコーディング環境については、前作に引き続き2トラックのレコーダーが今作でも使われていますが、ヴォーカルのダブルトラックをはじめ楽器演奏などのオーバーダビングの多用が今作の特徴です。まずはメンバー全員の一発録りでOKテイクを仕上げて、2トラックのレコーダー同士のテープToテープでオーバーダビングしたと思われます。ほとんど一発録りだった前作に対し、オーバーダビングのおかげでサウンドに重厚感が増し、アレンジのバリエーションも拡がったと思います。一方、テープToテープのオーバーダビングにはマイナス面もあって、ノイズが増えて前作に比べると各楽器の分離が悪くなってしまいました。

 

使用楽器に目を向けると、ジョージがデュオ・ジェットからカントリー・ジェントルマンに、リンゴがプレミアのドラムセットからラディックのドラムセットに変更しています。また、ピアノの使用頻度が増えて(1曲→4曲)、4曲いずれもが非常に効果的な使われ方をしています。このアルバムでは「Little Child」のみポールが弾いて、後はジョージ・マーティンが演奏していますが、今作以降はポールが弾く回数が増えていきます。他にもパーカッション類(タンバリン、ボンゴ、クラベス)、ガット・ギター、オルガンなど、ビートルズ通期にわたって頻出の楽器類が積極的に使われています。

 

てな感じで、ここまで色々と事実と妄想を織り交ぜ書いてきましたが、結局何が言いたいかというと、このアルバムはむちゃくちゃ良い!!ということです。ビートルズのブラックミュージックへの傾倒ぶりは、前作『Please Please Me』からも滲み出ていましたが、前作以上に黒っぽいフィーリングに満ち溢れていて、ビートルズ史上で最も黒っぽい作品はこの『With The Beatles』だと思います。また、メンバーがどこまで意識していたか定かでありませんが、アルバムが単なる楽曲の寄せ集めではなく、全14曲が共通のコンセプトで結ばれてるかのような印象を受けます。前作と今作の間に制作・発表された「From Me To You」と「She Loves You」の成功が、バンドを一段上のステージに押し上げたように思います。そして何より、アルバムジャケットがビートルズ史上で最も素晴らしいってことに尽きるのではないでしょうか!