本家☆にょじやまラーメン(音楽味)

ビートルズを中心に、音楽素人のディスクレビューです。

Till There Was You

アルバム6曲目にして、カバー曲が初めて登場します。オリジナルはブロードウェイ・ミュージカル「The Music Man」の挿入歌ですが、ビートルズはPeggy Leeのカバー・バージョンを参考にしたと言われています。

 ポールがPeggy Leeのバージョンを知ったのは、彼の従弟でありマッカートニー家のベビーシッターもしていたベット・ロビンスからの紹介だそうです。この曲はハンブルグのスタークラブで演奏していた頃からのレパートリーで、デッカのオーデションでも演奏しています。デッカのオーディションの演奏を聴くと、全体的にアレンジが古臭いのに加えてジョージのギターがあまりにたどたどしく、あまり良い出来とは言えません。

Shirley Jonesの歌うこの曲のオリジナル・バージョン、Peggy Leeの他にも多くのカバー・バージョンがありますが、バンドスタイルで演奏するビートルズのバージョンとはあまりにかけ離れています。ビートルズが参考にしたのはPeggy Leeのバージョン以外にあるのではないか?そう思って、この曲のカバー・バージョンを調べてみるとChet Atkinsがカバーしていることに気付きました。Chet Atkinsのプレースタイルに影響を受けたジョージであれば、Chet Atkinsのバージョンを知っていても不思議ではありません。ビートルズのバージョンとは雰囲気が異なりますが、このバージョンを参考に音を拾っていた可能性は無きにしも非ずってとこでしょうか。いずれにしろ、Peggy Leeのバージョンとは別にビートルズが参考にしたバージョンがあると思うのですが、いかがでしょうか。

前述の通り、デッカのオーディションで演奏したくらいですから演奏し慣れているはずなんですが、レコーディングは意外と難航します。まず1963年7月18日に3テイク録音、この日はデッカオーディションと同様にエレクトリックのバンドスタイルで演奏したのですが、楽曲の出来に満足できずに録音し直すことになります。次のレコーディングは7月30日。エレクトリックギターを、クラシックギター(「ホセ・ラミレス」と言うメーカーのギターのようです)とJ-160Eに持ち替えてリメイクとなりますが、さらに「ドラムはこの曲に合わん」ってことになって、リンゴがドラムに替えてボンゴを叩いてこの曲が完成します。もしこの曲がアルバム『Please Please Me』収録曲に選ばれていたら、レコーディングに時間をかけられなかったので、アコースティック・スタイルの演奏にはなっていなかったでしょうね。

ビートルズの他の楽曲には登場しないコードが色々と出てくる、彼らの作品の中でも異色の曲と言えると思います。キーがFってのがまず珍しく、イントロでいきなりF→F#dim→Gm7と半音進行が登場します。前述の「It Won't Be Long」の半音進行も、ひょっとしたらこの曲をカバーからアイデアが浮かんだのかもしれませんね。テンションコードも多く登場しますが、元歌を忠実にコピーしただけでなく彼らによるアレンジもふんだんに盛り込まれています。難しそうなコードの割りに左手のフォームは意外と簡単なものが多く、ギターを手に取って弾いてみるとコード進行の美しさにウットリしてしまいます(笑)。そして何よりジョージのクラシック・ギターの演奏が本当に素晴らしい。デッカ・オーデションの時とはまるで別人のようです(笑)。Peggy Leeのバージョンで似たようなフレーズが一切出てこないので、これはジョージ自身が考えたフレーズってことになるんですが、スパニッシュ・テイストのフレーズは当時のジョージのスタイルとあまりにかけ離れているので、何かお手本があったんじゃないかって疑念は残ります。

メロディ良し、アレンジ良しのこの曲、歌いながらついつい自分の声に酔いしれそうなもんですが、ポールは意外なくらいサラっと歌っています。デッカ・オーディションの時とは歌いまわしが変わっているので、ひょっとしたらジョージ・マーティンあたりからアドバイスがあったのかもしれません。後年ポールは数々のバラードの名曲を産み出しますが、いずれの曲でもポールは過剰に感情移入することなくクールでビターなヴォーカルを聴かせてくれます。その原型がこの曲なのかもしれません。

ビートルズがカバーした曲の中でも屈指の仕上がりで、彼らのおかげで後世に残るクラシック・ナンバーになったと言っても過言ではありません。

Shirly Jones

Peggy Lee

Chet Atkins

デッカ・オーディション