本家☆にょじやまラーメン(音楽味)

ビートルズを中心に、音楽素人のディスクレビューです。

『A Hard Day's Night』その2

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社会現象とでも言うべきイギリスでの大成功を追い風に、ビートルズの次なる目標は自ずとアメリカ市場に向けられました。ビートルズ以前のイギリスのビッグスター達が挑んだものの、悉く跳ね返された高い壁です。1964年2月1日に「I Want To Hold Your Hand」がビルボード誌のチャートでNo.1を獲得したことが追い風となって、決死の覚悟で臨んだ1964年2月のアメリカ初上陸は大成功に終わりました。「決死の覚悟」は少々大げさな気もしますが、ワシントンD.C.でのコンサートの開演前、嘔吐を繰り返しコンサートのオープニングをジョージに譲らねばならいくらい、ジョンは強烈なプレッシャーを感じていました。このエピソードから、ジョンがアメリカでの成功を強く望んでいたであろうことが伺えます。アメリカ初上陸での大成功に手ごたえを感じたであろうジョンが、アメリカ制覇に向けて勝負をかけた作品集がアルバム『A Hard Day's Night』です。

 このアルバムのためのレコーディングは、1964年2月から4月にかけて、1964年6月の2回に分けて行われました。前半で映画挿入曲をレコーディング、後半は映画では使われないサントラ盤のB面曲をレコーディングしました。ビリー・J・クレーマーに提供した「I Call Your Name」のセルフカバーを、当初は映画挿入曲として考えられていたことから、レコーディング時点で楽曲のストックが充分ではなかったことが伺いしれます。1964年1月のフランスツアー、そして2月のアメリカ上陸中の合間に時間を見つけて、何とか作り上げた曲が大半ではないでしょうか。ジョンとポールにとっては過酷な環境下での作曲活動だったと思いますが、イギリス国内のみならず海外においても熱狂的に迎え入れられた体験は、彼らのイマジネーションにプラスに作用したのでないかと思います。

このアルバム用のレコーディングと並行して、EP収録用のカバー曲を3曲レコーディングしていたにもかかわらず、13曲という歪つなアルバム構成をカバー曲で埋め合わせることをしなかったのは、このアルバムの重要コンセプトが「全曲オリジナル」だったからだと思います。13曲中ジョン主導で作ったであろう曲が10曲も占めるのは、ジョンとポールの当時のパワーバランスそのまんまだったと思います。ポール主導の3曲はいずれも完成度は相当高いのですが、ポールより一足先に作曲家として覚醒したジョンの充実ぶりが、それを遥かに上回ったってとこでしょうか。映画がヒットすればアメリカ制覇の追い風になることは明らかで、サントラ盤用の楽曲を制作するモチベーションになったことでしょう。

シングル「I Want To Hold Your Hand」のレコーディングから4トラックのレコーダーが導入され、このアルバムは4トラックのレコーダーで録音された最初のアルバムとなりました。それまでの2トラックのレコーダーと比べてトラック数が2倍に増えたことで、オーバーダビングの自由度が増し、従前と比べて様々なアイデアが実現しやすくなったと思います。今作においては、ピンポン録音しなくてもオーバーダビングできるようになったことで、各楽器の分離が良くなった点にその効果が表れていると思います。あと、レコーディング時のテクニックとして、テープ速度の調整を多用するようになりました。シングル「A Hard Day's Night」の間奏の録音時に、テープ速度を半分にしたエピソードは有名ですが、それ以外の箇所でもレコーディングのテクニックとしてテープの回転操作を取り入れています。

このアルバムのサウンド面の特徴として、12弦ギター(Rickenbacker 360/12)の使用が挙げられます。ジョージがリッケンバッカー社から贈呈されたものです。高音弦のきらびやかなサウンド、中低音弦の立体的なサウンド、どちらも効果的に使われています。結局ボツになっていますが、当初は「And I Love Her」や「I'll Be Back」でも12弦ギターが使われており、12弦ギターを手に入れたことがジョージはよっぽど嬉しかったのでしょう(笑)。アルバム中12弦ギターが使われているのが13曲中6曲なので、意外と少ないと感じてしまいますが、アルバム全編で使われていると錯覚してしまうくらい強い印象を残しています。あと12弦ギターに匹敵するサウンド面の特徴として、ジョンが弾くJ-160Eが挙げられます。J-160Eはデビュー当初から使用している楽器で、アコースティックな使い方のほかアンプに繋いでも使用していましたが、このアルバムにおいてはアコースティックな方を効果的に使っています。サウンドに厚みと勢いをもたらす重要なパートになっています。

ミュージシャンとして、コンポーザーとしてのテクニカルな成長に加え、デビュー以降の驚異的なレコードセールスで手にした自信、アメリカ制覇への高いモチベーション、レコーディング機器の技術的な進歩、恵まれたレコーディングスタッフ、新たな楽器の使用、等々。さまざまな要因が奇跡的に重なり合って、ビートルズ史上屈指の傑作アルバムが完成しました。もしビートルズがここで解散していたとしても、ロック史に名前を残したことでしょう。また、ビートルズがデビュー前から慣れ親しんだ音楽スタイルは、今作がその完成形となりました。まるでギンギンギラギラの真夏を連想させる、ビートルズ最初の音楽的なピークを迎えます。普通だったら、このスタイルを踏襲した作品をあと1~2枚作りそうなもんですが、彼らの内から湧き出る創造力がそれを良しとしなかったのでしょう。早くも次作でこのスタイルから脱却して、新たなスタイルを確立すべく試行錯誤が始まります。