本家☆にょじやまラーメン(音楽味)

ビートルズを中心に、音楽素人のディスクレビューです。

『Help!』

A面が映画のサウンドトラック、B面が映画に使用されなかった曲という構成は『A Hard Day's Night』と同じですが、アルバムを聴いての印象は全然違います。『A Hard Day's Night』が初期のビートルズの総決算とでも言うべき内容でしたが、今作は自分たちが次に目指すべきサウンドが薄っすら見えてきたけど、まだ道半ばって印象を受けます。ポジティブに考えると、これは『Rubber Soul』や『Revolver』へと続くプロセスであり、映画のサウンドトラック盤にとどまらない価値ある作品だと思うのです。

これまではアルバムごとにジョージがメインギターを持ち替えており、それがアルバムのサウンドを決定づける一因になっていました。今作では『Beatles For Sale』に引き続きグレッチ・テネシアンを軸にしつつ、ジョンと揃って入手したばかりのフェンダーストラトキャスターも使用しているようで、ソリッドタイプのギターならではの硬質のサウンドが所々で使われています。また「Paperback Writer」のレコーディングでジョンが使用した、グレッチ6120をどうやらこのアルバムの数曲でも使用しているようです。ほかにもアコースティックの12弦ギター、フラムス社のフーテナニーや、エレクトリック・ピアノのホーナー・コンボ・ピアネットも、このアルバムのサウンドの重要な構成要素です。

マルチトラックのレコーダーを今まで以上に効果的に使い始めたのが、このアルバムのレコーディングからです。ベーシック・トラックでベースを演奏していても、オーバーダビングでリードギターを演奏できることにポールが気付いてしまいました(笑)。少なくとも「The Night Before」「Another Girl」「Ticket To Ride」でポールがリードギターを演奏しており、ジョージ的にはモヤモヤしたものがあったのではないでしょうか。これまでの「他のメンバーの担当楽器に踏み込まない」ってな感じの暗黙の了解をポールがひっくり返して、これ以降の作品では演奏者の分からないパートが増えていきます。これは楽器演奏にとどまらず、この後の音楽界の常識をひっくり返すような発想のきっかけになった出来事だと思います。

Beatles For Sale』までは、ジョンが絶対的リーダーとしてバンドを牽引してきましたが、バンド内のパワーバランスに変化が生じたのがこのアルバムからです。言うまでもなくポールの台頭が目覚ましく、前述のリードギターのほかにも「Ticket To Ride」のドラム・アレンジなど、これまでよりも活躍の場を広げています。今作のレコーディングは『A Hard Day's Night』と同じく、映画の撮影期間の前後に行われたのですが、映画撮影後のレコーディングでポールが用意してきたのが「Yesterday」「I've Just Seen A Face」「I'm Down」という超強力ナンバーばかりでした。サウンドトラック用にポールが用意してきた「The Night Before」や「Another Girl」は、目指してるものは何となく分かるけど...って仕上がりだったのに較べて、驚くほどの突き抜けぶりです。レコーディング中断期間にポールが覚醒する何かきっかけがあったのかもしれません。質・量ともにジョンと肩を並べるくらいにまで、コンポーザーとして成長しています。

ジョンがサウンドトラック用に用意してきた4曲は、楽曲の質とヴォーカルともに圧倒的なリーダーぶりを見せつけてくれますが、B面のジョン・ヴォーカル曲は「It's Only Love」と「Dizzy Miss Lizzy」の2曲(「Tell Me What You See」でもポールとデュエットしてますが)。そのうちオリジナル曲は「It's Only Love」だけなので、A面と較べると少々物足りなく感じます。ジョージのオリジナル曲も2曲収録されているので、ジョンのヴォーカル曲の占める割合が減るのは致し方のないことなんですけどね。

アルバム収録曲は、シングル2曲、カバー2曲、ジョージ作曲の2曲、従来のビートルズサウンドの枠を超えた「Yesterday」や「I've Just Seen A Face」も収録され実に盛りだくさん。A面と較べてB面がやや散漫な印象を受けるのは、「Yesterday」が突出し過ぎて楽曲感のパワーバランスがとれてないからだと思います。とは言え、アルバム全体が「Yesterday」に支配されていないのは、「Help!」や「Ticket To Ride」など強力な曲が目白押しだからこそだと思います。